FUCK OFF SPEAKEASYⅢ

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FUCK'N連休

毎年叫んでいるが、この連休っちゅうのはドエライ迷惑・・・
なんもすることない・・・見事に・・・

いやいや、こんな時こそ勉強せんと・・・




しかし・・・やる気全くなし・・・

アカン・・・アカン・・・





どうなんねん??
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by speakeasydaze | 2011-04-30 21:53 | MOTHERFUCKER

救いの神

いやいや、お疲れ様デス、デス、デス・・・(←新井さん風)
例によって、また更新が滞りましたな・・・

まぁ、連日シケシケが続いておったんですが
ある社長が、また救いの手を差し伸べてくれた☆

昨夜の話・・・
雨の降る中、ある物を運んでくれて、
車の中で缶BEERを振舞ってくれた上に
ファミレスでご馳走してくださって・・・

ボクが凹んでいる状況を嘆くと
「まだ、マシな方でっせ~」と慰めてくれて・・・
元気を貰いました☆

社長っ!!

毎度ウルトラアザッ~~ス☆
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by speakeasydaze | 2011-04-28 23:12 | パラダイス

誕生日とバトン部

いやいや、マイッタね・・・
今週も最悪の展開のまんまやったな・・・

日付が変わる前に・・・

今日4月22日は娘の16歳の誕生日☆
早いもんでいつの間にか16年も経ってたのね・・・

すっかり冷たくなったもんね・・・

その彼女が選んだクラブ活動は『バトン部』・・・
早速先輩からバトンを借りてきてはったな・・・

ど、ど、どんなんなるんやろ??






あと4年・・・
娘が20歳になるまでは、どんなに辛いことがあっても
サラリーマンは続けなアカン・・・

どんなことがあってもや・・・


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by speakeasydaze | 2011-04-22 23:58 | 愛しの家族

どこまで続くねん

またあいてしもた・・・時間が・・・

この数日間はPCに向かう気力すらなくなった・・・
今日はついにピークを迎えてしもたので
キリがないから、実家からお届けしてまんねん・・・

京橋には終電で帰ろかな、と思ってまんねん・・・
もうお先真っ暗・・・

家族も冷たいし、仕事もウマくイカンし・・・
体の調子も・・・と、いうか大事な大事な一部に激痛が走るし・・・
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by speakeasydaze | 2011-04-19 21:56 | MOTHERFUCKER

状況悪化(+_+)

いやいや、マイッタ・・・
更なる状況が・・・

って、書いたら・・・
ある社長が救いの手を・・・電話をくれましてん☆

ほんま、すんませんっ!!(←詫間さん風)
ほんま、すんませんっ!!(←詫間さん風)

しかし、悪化は悪化でんねんな・・・
さぁ、どうしたもんか・・・
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by speakeasydaze | 2011-04-17 16:31 | MOTHERFUCKER

状況悪化

もうアカンわ・・・
ヤバ過ぎる・・・

明日は・・・
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by speakeasydaze | 2011-04-15 22:33 | MOTHERFUCKER

順番?

お疲れ様です・・・
昨夜は寝るのが遅くなったので
今夜はこれから爆睡に入ります・・・

随分、暖かくなってきやがったな・・・
年中無休でヌイグルミを着用してるダメ親父にとっては
地獄の始まりを意味するのよね・・・


しかし、東北の被災者には早く過ごしやすい気候になってもらわんと・・・
文句は言うてられまへん・・・
贅沢・・・贅沢・・・
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by speakeasydaze | 2011-04-14 21:27 | 愛しの家族

油断禁物&ヤマト万歳!

ちょいと間があいたな・・・

もう、相変わらず、かなりヤバイ状況なのは変わらんな・・・
ホンマにヤバイ・・・マジで・・・








それにしても・・・

連日、報道される東北大震災の地獄・・・
涙止まりまへんな・・・正味の話が・・・(←やっさん風)

これは先日、見つけた感動話・・・
タマランな・・・ホンマに・・・




電気やガスが通わぬ営業所で、ヤマト運輸が業務を再開した。
いち早い復旧の原動力となったのが、
自発的に行動した現場の社員たち。
彼らを突き動かしたのは、ライフラインを担う者としての使命感だった。

宮城県石巻市の漁港に程近い渡波(わたのは)地区。
近くの大型スーパーには津波で何台ものトラックが突っ込み、
流れ着いた民家に人影はない。
道路からは辛うじて瓦礫は取り除かれたものの、
3週間たった今なお、震災当時の惨状をそのまま残している。

4月1日、焦土と化したこの地で、
ヤマト運輸の石巻渡波センターが営業を再開した。

電気やガスは通っておらず、所内は屋根を残すのみ。
それでも渡波センターと同居する、
湊センター長の千田成彦氏は明るく話す。
「雨さえしのげれば作業はできる。
午後6時ぐらいには暗くなってしまうので、
それまでに仕事を終えなければいけないが」。

瓦礫の中から見つけた看板

店の入り口の前に、旧名の「石巻東営業所」という小さな看板が立てかけてあった。
「石巻支店長が『俺が瓦礫の中から掘り出したんだ』と自慢していました」
と千田氏は微笑む。
忙しく働く彼の横では、荷物を積んだトラックが、静かに出発の時を待っていた。

全国から応援部隊が駆けつけた蛇田センター。
石巻市の拠点として通常の4倍の荷物を請け負った

渡波センターが復旧するまでの11日間、
補完したのは石巻市内でいち早く営業を再開した近くの
石巻蛇田(へびた)センターだった。
5営業所分の荷物を一手に引き受け、
通常なら取扱量が1日800個程度のところ、
3000~3200個をさばいていたという。
北信越、関西などの営業所から駆けつけたヤマトの社員が、
全力で蛇田をサポートする。

蛇田センターにある、ほとんどすべての荷物は被災地・石巻に届いたもの。
親戚に食べ物を届けたい、
親友に温かい衣類を着せたい。
一つひとつに、全国の人の思いが込められている。

石巻東営業所の看板を見つけた阿部浩・石巻支店長は言う。

「自宅や避難所に荷物を届けると、返ってくるのは一様に喜びの声。
物流は電気や水道と一緒。同じインフラなんです」。

社員が自発的に燃料を調達

ヤマト運輸の復旧への道程は決して平坦ではなく、暗中模索の連続だった。

震災直後に対策本部を立ち上げたものの、通信はすべて遮断され、
社員の安否確認すらままならない状況。
とにかく実態をつかまなくてはならない。
3月13日の昼、何としてでも現地に行こうと、
本社の先遣隊がクルマで向かった。
一方、同社の木川眞社長(当時)ら幹部は連日本社に詰め、
各部署が直面する問題をすべて吸い上げ、現場に伝える役割を担った。

一刻も早く、被災地に荷物を届けたい。
そんな切迫した願いの前に立ち塞がったのは、燃料の問題だった。

ヤマトは自社のガソリンスタンドや燃料を扱う子会社を保有している。
これらの残量を調べたところ、備蓄可能量の70%程度しかない。
しかも継続的に燃料が入ってくる可能性は限りなく低い。
通常通りにクルマを走らせていては、すぐに底を突くのは明白だった。
限られた燃料をどう振り分けていくか。
通常の宅急便では1日往復4回トラックが行き来する。
これを減らしながら最低限のレベルを保つ必要がある。
出した結論は、顧客に直接配送する宅配を見送り、店頭で受け渡しをする方法だった。

本社は同時に、燃料確保に奔走する。
石油元売り各社にかけ合っても、
「御社だけ優先するわけにはいかない」と断られた。
だが東北に運ぶ荷物のほとんどは、命をつなぐ物資。
本社が行政当局に頼み込んで、
ようやく燃料の継続的な納入が見込めるようになった。

事業再開には、もう1つの難題があった。
社員が出勤するための燃料だ。
本部でも頭を悩ませていたこの問題をクリアしたのは、
社員の自発的な行動だった。

非番の社員がガソリンスタンドに6時間並び、
クルマに燃料を入れ、ほかの社員を迎えに行く。
帰りは次に非番の社員がクルマを受け取り、
またガソリンスタンドに並ぶ。
この地道な努力を繰り返したことが、いち早い事業復旧へと結実した。

3月21日、ヤマトは一部を除く
岩手、宮城、福島の125店舗の再開にこぎ着ける。
23日には宅配も開始。
東北に張り巡らせていた物流網に、
再び血液が循環し始めた瞬間だった。

1995年の阪神・淡路大震災で、
同社が兵庫主管支店の復旧に要した日数は15~20日。
被害がさらに甚大だった今回、
わずか10日で再開できた背景にあったのは、
「何より社員の使命感だった」と現場で
指揮を執った東北支社長の田原良和・執行役員は話す。


救援物資で自衛隊と協業

ドライバーの矜持を示すエピソードがもう1つある。
同社が被災した3県に設置した「救援物資輸送協力隊」だ。

震災後しばらく経って、目立ち始めた避難所間の物資の供給格差。
あるエリアには潤沢に救援物資が行き渡る一方で、小さい避難所には届かない。

この時、立ち上がったのが現地のヤマト社員たちだ。
各担当エリアの隅々まで知り尽くすドライバーが、
自発的に小さな避難所にまで救援物資を送り届けていた。
中にはほかの運送会社と共同で配送を行っていたケースもあったという。
本社で復旧を統括した経営戦略部長の岡村正氏は、
「現地からヒアリングを行って、初めて彼らの自発的な動きを知った」と明かす。

岡村氏は彼らの活動を支援するために、
急遽「救援物資輸送協力隊」を組織。
グループ総力を挙げて物資の輸送に尽力することを表明した。

宮城県気仙沼市にある青果市場では今、
約50人の自衛官と約50人のヤマトの協力隊が働く。
青果市場は救援物資を集積する急場の倉庫。

宮城県の倉庫から気仙沼に物資を輸送するのは自衛隊、
そこからそれぞれの避難所に送り届けるのはヤマトの役割だ。

市内の避難所は約90カ所、さらに自宅にいながら、
救援物資を必要とする人もたくさんいる。
彼らへのきめ細かい配送作業は、
宅配業を手がけるヤマト運輸の得意とするところだ。

気仙沼の自衛隊は4月の中旬には青果市場を離れる。
その後、ヤマトの協力隊だけで支援を継続することが決まっている。
東京本社から派遣されたヤマトの吉田迅利隊長は、

「今はボランティアだが、いずれは自治体から人件費を頂くことを考えている」と話す。
被災地で職を失った人を採用し、地元の雇用を促進するためだ。

「東北復興にこれから用いるビジネスモデルは、
そのまま当社の最先端のモデルとなる。
中国や韓国のみならず海外全般でのモデルにもなるだろう」と
前出の岡村氏は力を込める。





写真ではココの写真が秀逸やな・・・


解像度がエグイっ・・・
ほんでから、パノラマ写真が更にエグイっ!!
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by speakeasydaze | 2011-04-13 21:57 | 感動話

憂鬱な月曜・・・

ホンマに憂鬱や・・・

明日からの月曜日・・・
これほど、気が重たい夜は初めてや・・・

どいつもこいつも・・・MOTHERFUCKER
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by speakeasydaze | 2011-04-10 22:56 | MOTHERFUCKER

泣けてくるCM

サントリーは凄いね・・・ホンマに・・・

こんなCMを・・・

泣けてくるがな・・・





ものすごいキャスティングだが、何とノーギャラ。
そこのところをサントリーの広報に聞いた。

「みなさまのご厚意です。
収録は快諾いただいた方から順に個別に行いました。
広告でお世話になっている方はもちろん、
スポンサーをしている番組『チューボーですよ!』から
司会の堺正章さんにもご出演いただいてます」






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by speakeasydaze | 2011-04-09 23:42 | 感動話